『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル

ふしぎの国のアリス (偕成社文庫2063)

ふしぎの国のアリス (偕成社文庫2063)

私の好きな小説にルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』というのがあって、これはウォルト・ディズニーが制作したあのアニメ映画が有名だけれど、原作もとても良い。児童文学特有のごく簡単なボキャブラリーを通して、多義的で、時に深い世界が描かれていて、何となく疲れていたり、集中力を逸らしたいと考えるときなどに私はよく『アリス』を読み返すことにしている。そして、実はここ数日の私は暇を見つけて『アリス』を読んで考え事をしたり、ぼーっとしたりして時間を過ごしている。
急に何を言い出すのかと思われるかもしれないが、要するに私は気が滅入っているのである。「滅入る」といえば、先日、私の弟が自宅で「ドラクエ3」をやっているのを眺めていたら、勇者が「ドラゴンメイル」という鎧を装備していた。それを見た私はふと「ドラゴン滅入る」という言葉を想像し、そこからドラゴンがぐったりしている姿が浮かんでしまい、飲んでいたコーヒーをリアルに吹き出してしまった。
貯金残高を眺めてため息をつくドラゴン、憂鬱な会議を思ってうなだれるドラゴン、ドラゴン滅入る。実にシュールな姿だ。炎や冷気を防ぐドラゴンの頑丈な鱗は、実は傷つきやすい繊細な内面を覆い隠そうとするためのものだったのかもしれない…。色々と示唆的な話ではある。
そんなことはどうでもよろしい。何でかここ数日気が滅入っているのである。いや、何でか、ではない。理由は明白で、私を沈ませたのは先週末にラガー氏・だいごー氏と共に行った編集作業である。先週の金曜の夜から土曜の昼過ぎまでほぼ徹夜で映像編集をしたのだけれど、出来上がったのがたった2分の、それも完成度が非常に低いオープニング映像だったのだ。これはショックだった。こんなペースで作業を続けていたら、作品完成までに私は老人になってしまうし、もともと老けているラガー氏などは墓場行きであろう。それは何としても避けたいし、そもそもその年齢になるまで彼と付き合うなど私はごめんである。そんなことを思って、途方に暮れている中でふと思い出したのが以下の『アリス』の一節である。

"Would you tell me, please, which way I ought to go from here?" "That depends a good deal on where you want to get to," said the Cat. "I don't much care where--" said Alice. "Then it doesn't matter which way you go," said the Cat. "--so long as I get somewhere," Alice added as an explanation. "Oh, you're sure to do that," said the Cat, "if you only walk long enough."
    --Lewis Carroll   Alice's Adventures in Wonderland ch.6 (Pig and Pepper)


「教えていただきたいんですけど、ここからどっちへ行けばいいの」「それは、君がどこへ行きたいかでほぼ決まるな」とその猫は言った。「わたしはどこでもかまわないの、ただ――」アリスが言う。「それならどっちでもかまわないな」猫は答える。「――『どこか』へ辿り着きさえすればね」とアリスは言葉を補った。「そりゃあ、辿り着くとも」と猫、「辿り着くまで歩き続けさえすればね」
   ―ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』第6章(子豚と胡椒)

いつだってそうだけれど、どんな課題でも明確なゴールが定められていることは少なくて、作業中には先の長いトンネルを想像して、つい勝手に絶望してしまいそうになるものだ。そんなときに大事なのは理性的であろうとするということだと思うけれど、多分それと同様に重要なのが「辿り着くまで歩き続ける」ということなんだろうな。ま、通俗的に言い換えてしまうと「医師」、じゃなかった、「意志」である。
ま、元来、私はプライドの高い完璧主義者で、「戯けた作品を作るくらいだったらばそんなものはゼロに帰してしまった方がよろしい!」という考えを持つ人間である。そんな私にとって鑑賞に堪えうる作品を完成させるというのは恐ろしくしんどい作業ではあるが、これも私の性分ということで諦めます。というわけで結論は以下。
「落ち込むこともあるけれど、私は元気です」

執筆者:ナイトウ