『スキー場はもういらない』藤原信

スキー場はもういらない

スキー場はもういらない

こんにちは、とめです。
題名は本の名前で、リゾート法による各地のスキー場建設により周囲の自然が失われている現状を現場ごとにリポートしています。
その中に[長野オリンピックジャンプ台建設]VS[志賀高原岩菅山]のストーリーがあります。結果としては岩菅山開発は反対を受けて計画変更になったのですが、このケースは今回の高尾山圏央道開発計画と重なるところがあると思うので紹介します。

そもそも、冬季オリンピックというのは競技種目が山や大規模な屋内施設を利用するので、その開催のためには広い施設建設用地と、開かれるべき山がいくつも必要になります。98年に開催された長野オリンピックは、89年の招致時のJOC(日本オリンピック委員会)の会長=西武系コクド社長=堤義明氏が当時IOC(国際オリンピック委員会)のサマランチ会長とも親しかった要因が大きいと言われ、その後堤氏は長野県オリンピック招致委員会の会長になり、自分のリゾート地が多くある長野県にオリンピックを開催する計画を進めます。オリンピック開催地となれば、道路建設など交通網開発が進み今後さらに自分のリゾート地に集客することができます。岩菅山開発計画、というのは、招致委員会が岩菅山にジャンプ台建設を進めようとし、度重なる環境調査委員会の報告や地元住民の反対を無視して強くその開発に固執した問題です。最終的には地元住民の反対と「環境に配慮したオリンピックを」というスローガンへの帰結、世論の高まりなどによって岩菅山開発は中止となり、既存のジャンプ台を利用することになりました。この年(90年)5月堤氏はJOC会長を辞任し、後任には元オリンピック水泳選手:古橋廣之進が就任しました。

長野オリンピックの堤氏による影響は他にわいろの問題なども強く言われていて、招致委員会には民間から寄付による収入が10億円ほどあったけれど、出資企業ほとんどがゼネコンでその寄付した建設業界がオリンピック関連工事を受注したことなどとにかく利権構造にがんじがらめのオリンピックだったようです。冬季長野オリンピックの全体的な問題は京大のユニセフクラブ(学生活動)による研究http://www.jca.apc.org/unicefclub/unitopia/1998/olympic.htmが簡潔にまとめていて分かり易いかと思います。また賄賂などを指摘している委員会のポスター形式のまとめもありますhttp://www.pref.nagano.jp/hisyo/kouhousi/past/tokusyu46.pdf

長野オリンピックでは既存のジャンプ台を使っても、やはりオリンピックという大規模な開発によって環境負荷が大きくかかりましたが、豊かな自然のあった岩菅山を新たに開発することは中止することができました。高尾山でも圏央道計画は中止できなくとも、せめて高尾山を回避することが望ましいと思います。その鍵となるのはやはり世論の高まりであり、長野オリンピックでは地元住民や地方新聞レベルではなく、全国からの環境配慮をという市民の意向によってやっと堤会長も動いた、ということなのでそのためには、まず少なくともこのような問題が起きているという初めの情報が広くみんなに伝わらければいけないなと感じました。

執筆者:とめ